「努力と成果」

2012/12/25

プロの世界は結果が全て
スポーツ番組なんかを見ているとよく聞く言葉です。
何かを生業としてお金を稼ぐ以上、結果が全てなのは当たり前。
それなのに僕達外側の人間は結果だけしか見ない、
なんていうことはありません。
苦労人とか努力家が大好きです。
少ない努力でうまく成功している人の話を聞いても、ちっとも面白くありません。
そんな人が周りにいたら、危うく舌打ちしてしまいそうになります。
内側の人間だったらどうでしょうか。
もしも自分が、もの凄く頑張っているのになかなか成果が出せない選手を抱えているオーナーだったら。
頑張っていなくても、求められていることに成果が出せる選手の方を評価してしまうと思います。
(なにも成果というのは数字の事だけではありません。)
それは評価する側にとって、
努力は未来であり将来性。
成果は目に見える現在。
リスクを負っていない外側の評価者は、努力して未来を現実のものにしたから努力家や苦労人に共感します。
リスクを負っている内側の評価者は不透明な未来よりも目に見える現在を簡単に評価してしまいます。
しかし評価される当事者にとっては全く反対。
努力は現在のこと、成果は未来のこと、になってしまいます。
未来の事(成果が出てから)よりも現在頑張っていることを評価してほしい。
普通考えたら当たり前のことですよね。
そこに評価者とのギャップが生まれます。
視点が逆である以上、現在の為の努力では成果は永遠に未来のまま。
いつまでたっても成果は掴めません。
未来を見て現在とのギャップを埋める努力をして初めて成果が近寄ってくる。
世の努力家や苦労人と言われる人たちはみんな成果を出しています。
成果を出しているから僕たちはその存在を知ることができるのです。
反対に評価する側は、「される側の現在」を視る目が必要ですね。