「アノニマスプロダクト」

2014/02/24

アノニマスデザインという言葉があります。
無名性のデザインという意味で、例えば誰々がデザインしたとか、ブランドとか、そういった名称の冠を付けて謳っていない製品です。
僕も道具屋さんとか、蚤の市とかでいろいろを買ったりするのが好きで、それらは誰がデザインしたとかメーカー名すら分からない、いわゆるアノニマスデザインと言えると思います。
そんな時、面白いなと思うのは、デザイナーほどアノニマスデザインが好きだということです。

デザインとは関係無い学生時代の友人などに、知っているプロダクトデザイナーはいるかと聞くと、誰の名前も出てきません。
さすが関西人、良くて安藤忠雄さんの名前が出てくるくらいです。(建築家ですが。)
そんな友人に、これは誰々がデザインした製品だよと教えると、
次はそれを買おうかなと言います。

そしてそれを教える自分だって学生時代にデザイナーの名前など知りませんでした。

それが経験を積んだり知識を得たりしてくると、アノニマスデザインに惹かれてくるのですね。
やはりデザインをしている以上、製品を見ると、デザインされた背景や意図のようなものが見えてきます。
そういった狭義のデザイン的な意図を感じてしまう製品が好きではないのです。
昔は全てがアノニマスデザインだったのに。

そしてデザイナー自身がアノニマスデザインを提唱し始めたりすると、僕は矛盾を感じます。
僕が思うアノニマスデザインとは、デザイナーが携わっているかいないかに関わらずアノニマスプロダクトのこと。
結果の産物であって意図して作れるものではありません。
結果とは、使いやすさの追求、原価の低減、生産性の向上、物流など経済的な合理性、そして営業努力や口コミによって普及した結果、長く市場に生き残ったものです。
そのように世の中に意識されずに使われている素晴らしい製品は山ほどあります。
だけどそれだけでは生き残っていけないからデザイン性を良くしたり、ブランディングといったものが必要だ言う時に、デザイナーがアノニマスデザインとか言い出したら、責任を放棄しているようにしか見えません。

意図的な匿名性はアノニマスデザインとは言えないと思います。
アノニマスデザイン的と言うことはできると思いますが。
ブランドが名前を冠する事で品質や機能その他諸々について評判が左右するように、デザイナーも出来る限りその責任から逃げてはいけないなと思うのです。