「共感される提案」

2014/03/17

3月16日の日曜日、神戸にある、「人と防災未来センター」というところに行きました。
ここで開催される減災がテーマの学生デザインコンペのプレゼンテーションを
見に行く事が目的です。

ところで僕は、この施設について今まで何も知らなかったのですが、大地震を経験した神戸だけあって、施設の規模や資料の豊富さは来る災害に対して貴重なアーカイブです。

つい先日、愛媛県を中心に西日本でも大きめの地震がありました。
しかしこの数年、関西でも何度か中小規模の地震があり慣れてしまっているからか、
深夜の揺れに僕は全く気付きませんでした。
そんな中、この施設で改めて神戸の震災の資料や映像を見ると、
当時のことを鮮明に思い出しました。

当時は中学2年生、大阪府の北の方に住んでいて、その辺りでも震度5強ほど。
地震があったのは明け方で、もちろん寝ていましたが、さすがにその揺れでは目を覚ましました。
しかもその時は自力で部屋を改装していたので、部屋の中は雑然と物が溢れていて地震の前から被災したような部屋でした。
備え付けのカーペットを全て剥がしてフローリングを貼る直前だったので、
床下の断熱材も無く、非常に寒かったのを覚えています。
ベッドを分解して部屋の外に出していたので、床にマットと布団を敷いた雑魚寝状態で寝ていて、
枕元にはテレビ台の上に奥行き50cmはあろうかという今では珍しいブラウン管の25型テレビが鎮座していました。

ドーンという大きな音で目が覚めた瞬間、部屋にあるロッカーが数台、
大きな音を立ててヘッドバンギングのように前後に揺れていました。
その時はまだ朦朧としていたので、一瞬夢かなと思ったほどです。
(今では部屋にクローゼットがあるのが当たり前ですが、当時の新築以外では、
備え付けのクローゼットがある部屋は珍しかったと思います。)我に帰り、部屋を改造中だったのを思い出すと、枕元のテレビ台から10cm近く飛び出してきているブラウン管テレビが眼前に飛び込んで来て血の気が引きました。

当時はヨーロッパサッカーを見る為に自分にとってテレビがとても大切だったので、
布団を出て最初にとった行動はテレビを守ることでした。
数分間の揺れている間、いろんな小物が棚から落ちていく中で、ずっとテレビが落ちないように押さえていました。
その時は冷静な判断だったと思っていまいしたが、今考えると、とても馬鹿だったと思います。
災害時、しかも1人で部屋にいる時には、まず最初にテレビではなく自分の命を守ることが最優先です。(当たり前)

それから揺れが収まり、一息つくためにトイレに行って用を足すと、水が流れないのです。
揺れている数分の間は、自分にとって初めての、テレビでしか見たことの無い地震に、若干ワクワクもしていました。
でも、水道が通じないことで初めてこれは緊急事態だと気付きました。

それから数日の間、阪神高速の橋脚が折れたり液状化現象の映像をテレビで見て驚きました。
しばらく神戸方面に行けなかったのであまりにも非日常的な映像でテレビの中の現実味の無い、どこか遠くの出来事のようでした。
毎日ニュースで増えていく亡くなった方や行方不明の方の人数を見て空虚な気持ちになった人も多いと思います。

幸い、僕の住んでいた大阪は震源地からずれていたので、当日中には水道も電気も復旧し、すぐに日常に戻りました。
僕の実家の被害も、僕が小学生の時に作った弥生式土器が落ちて割れた程度でした。
日頃何も考えず、当たり前にあるものが無くなること、それが一番の被災だと思います。

なぜそんな細かい体験をここに書くかというと、そのコンペに応募する学生が、もう神戸の震災を知らない世代なのです。
来年からは震災以降の生まれの生徒も応募してくると思います。

学生にとってはあまりにも大きなテーマですが、映像や資料で勉強した程度では、共感される提案を作ることは出来ません。
デザインの根本はソリューションです。
自ら災害を体験する事はありませんが、現場に行ったり当事者に会ったりして、
現実の問題を掴んで初めて共感される提案が作れると思います。

どんな些細なことでも良いから風化させない事は大事だと気付かされました。

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