「実感の無いデザイン」

2014/06/30

先日中国に行った時、オフィスでこんな写真を撮りました。

2014063001

スタッフが使っているマグカップなどの食器がそのまま放置されています。
特に中国では自分でお茶の葉を漉して飲む事が多いので、茶漉し付きの大きめのマグをよく見ます。
(ガラスのものが多く、初めて見た時はティーポットかと思いました。)

モノを見るときに、ついつい自分がデザインするんだったら、、という目線で見てしまうのですが、
こういった国や地域によって違う習慣を見ると、とても難しいだろうなと感じます。
そんな習慣も無いし、使ったことも無いし、誰かに意見を聞くことも難しいからです。
仮にデザインしてくださいと言われても、サラリと形を変えるくらいしか出来ないと思います。

それを見て思い出した事で、以前、アメリカ人向けにレトロな感じで、
メイソンジャーをデザインして欲しいと言われたことがあります。
2014063002

これをシンプルなデザインにするとか、斬新なデザインにするというのならまだ理解がしやすいのですが、
アメリカ人好みのレトロな感じのデザインにするんだったら、
これ以上に、あえてデザインする必要があるのかと思ってしまい、
どうデザインしていいか分からなかったのでお断りしてしまいました。
ちなみに、中央の枠の中にマジックで自分の名前を書くらしいです。
ローカルのものをデザインするにしても、そうでないものをローカライズするにしても、
自分でも実際に使ってみて実感が湧いてからでないとなかなかデザインはできません。

そんなメイソンジャーも最近日本で流行っていますが、定着するのでしょうか。。

逆に、シンプルなものは世界共通です。
機能や使い勝手や使われる場所など、いろんなシーンを想定するから自然と分かりやすくなり、
ユニセックスになり、結果シンプルになっていきます。
シンプルというのは考え方であって形のことでは無いと思います。

例えば僕にはアメリカ人や中国人の10代の女性に流行っている形や柄のデザインは出来ません。
(日本人でも無理ですが)
それが出来れば当地で物凄い人気のデザイナーになれそうです。
でも日本にいてそのデザインが必要とされるかどうかは分かりません。

でも、なぜシンプルなのかの考え方は輸出できると思います。
どんな国でも、そのような考え方の人が少なからずいるというのは実感としてありますし、
BRAUNやAppleやMUJIの製品の一部はそれに当てはまると思います。